ケビン・カーターという名を知っている人はこの記事を読んでくださっている方の中にどれくらいいるだろうか。
だが、彼の名前を知らずとも「
ハゲワシと少女」という写真を知っている人は多いだろう。
スーダンの飢餓を訴えた写真は、1994年のピューリッツァー賞を受賞した。
しかし、ケビン・カーターはこの授賞式の後、自殺している。
当時、スーダン国内は長引く内戦で疲弊していた。
スーダン政府は外国メディアの締め出しによって国内事情が外部に漏れないようにしていた。
カーターはそのスーダンに潜入し、そこで撮影した写真がこの「ハゲワシと少女」である。
1993年3月26日のThe New York Timesに掲載された写真には多くの反響があった。
絶賛の声と共に「なぜ少女を助けなかったのか」という批判の声が多く寄せられた。
実際に彼は少女を助けている。あの壮絶な写真を撮影した後で。
彼は手記の中で、写真家としての葛藤と人間としての葛藤を書いている。
そして、ハゲワシを追い払った後、「すさんだ気持ち」になり「涙を流した」と。
あれは壮絶な写真だった。ショックな写真だった。
カトリックの小学校に通っており、ボランティアやチャリティー活動に参加していた。
だが、活動をすることの意味なんて本当に分かっていなかった。
あの1枚の写真は私にひとつの「答え」を与えてくれた写真だった。
「報道と人命」を論じるときに必ずと言っていい程引用されるこの写真。
カーターの行動が正しかったかどうかは個々人によって意見が分かれるだろう。
しかし、これだけは確かな事実として言える。
この写真がなければ、誰もスーダンの実情を知ることはできなかった。
1995年1月17日5:46に発生した阪神淡路大震災から15年の歳月が流れた。
毎年、この時期には震災の特別番組が編成され、「1995年1月17日」という日を私たちに繰り返し訴え続けてきた。
15年目のこの年、フジテレビがドキュメンタリードラマという形で「1995年1月17日」に迫った。
「
神戸新聞の7日間 〜命と向き合った被災記者たちの闘い〜」である。
ドラマだけでは陳腐になる、ドキュメンタリーだけでは2時間という枠には重過ぎる−
そのように判断した結果が、ドキュメンタリードラマという形を作ったのだと思われるが、実に見事なだったと思う。
また、選んだ媒体−神戸新聞の記者達というのがよかった。
1995年1月17日5:46以降、記者達は様々な葛藤と戦いながら取材をし、新聞を発行し続けた。
どのエピソードも、どの写真も−1995年には出てこなかったものであった。
出せなかった、出すには時期尚早だったのだろう。
あの日の映像として私が最初に思い出すのは高速道路が横倒しになり、その割れ目に道路ごと地面に叩きつけられたトラックや車のものである。次が東灘区が炎に抱かれていく姿だろうか−
そんな中で神戸新聞の記者達が撮影した「人々」の姿は衝撃的だった。
臨時の遺体安置所で写真を取ることができなかった三津山記者。
生存者救出の瞬間を捉えようと待っていた小藤記者はその後、シャッターを切れなかったと言う。
この2時間の中で登場したエピソードの中で何よりも揺さぶられたのは金居記者が出会った少年の話だ。
東灘区の焼け野原で少年は焼け落ちた自宅跡で「お母さんを探している」と記者に話した。
見つかるといいなと言った記者に向かい、「これ、お母さん」と少年はたらいを差し出した。
少年が拾っていたのは母親の骨だった。
萩原聖人が演じる彼のドラマのあとに金居記者が実際に撮影した彼の写真が画面に映し出された。
あんなにも残酷で、そしてその悲劇を私たちに伝える写真があったのだ。
少年の顔は半分しか写っておらず、そんなところにも撮影した金居記者の心の葛藤が表れていた。
ドラマではエピソードしか紹介されなかったが、三津山記者が元同僚の女性の葬儀で彼女の写真を撮った。
倫理上の問題があるということもあってだろう、写真は公開されなかったが、彼女の写真を撮るまでの三津山記者の人間と記者というふたつの立場での葛藤が見ているこちらにとっても痛かった。
そしてもうひとつ−三木論説員の社説である。
彼は父を震災で亡くした。自宅の潰れた1階に居た父親の側に居たが、震災から3日目、遺体が収容されたそうだ。
その彼が書いた社説は「被災者になって分かったこと」という内容だった。
心の底からの思いを言葉に表したとき、そこには不思議なことに魂が宿る。
その言葉が、その場に居た人々を慰め、その場に居なかった人々に真実を伝える。
あの言葉を、あの写真をドラマとして編集しながら製作した方々は何を思っただろうか。
どうか、人々に何かを伝えるという自分達の存在意義を考えていただきたいと思う。
久々にNHK以外の番組で映像配信を行うマスメディアの存在によくやったと思わせてくれる番組だった。
製作者の方々に感謝申し上げたい。